明治十年戦争
もうすぐ2007年が終わる。
あまり話題にはされなかったが、今年は西郷隆盛が故郷鹿児島の城山で戦死して130年目の年でもあった。
わたしが西郷という人に強い関心をもったのは、評論家の渡辺京二さんが評論誌「暗河」(くらごう)に掲載した「逆説としての明治十年戦争」を読んだことからだった。この雑誌は当時福岡で発行されていたミニコミ誌で、大学生だったわたしは毎号定期購読していた。筆者の渡辺氏は近年「逝きし世の面影」(平凡社)や「江戸という幻想」(弦書房)で一躍世間に知られ、大ブレークした方だが、「逆説としての・・・」を読んで以来、わたしは彼の著作には必ず目を通すようになった。「暗河」の執筆陣はいずれもそうそうたる面々で、毎日出版文化賞を受賞した「宮崎兄弟伝」(全6巻・葦書房プラス「宮崎兄弟伝完結編」委員会)を書きあげた上村希美雄さんや、「苦界浄土・わが水俣病」(講談社文庫)の筆者石牟礼道子さんらが定期的に投稿していた。いずれも熊本在住の歴史家たちである。上村さんの「宮崎兄弟伝」はいまも全冊わたしの仕事場の本棚に揃えてある。(最後の「完結編」の出版の際には版元とトラブルがあったようだが・・)。
当時、彼らとわたしは全く無関係というわけでもなかった。面識はなかったものの、彼らが参加してた「熊本近代史研究会」の代表・花立三郎さんが学生時代の友人のお父さんだったからである。花立さんは熊本の思想家・徳富蘇峰の研究者で「徳富蘇峰と大江義塾」(ペリカン社)などの著書をもつ地元の有名な郷土史家だったが、同時に、高校の教師を勤めておられ、そのため、毎年生徒たちを引率して修学旅行で上京されていたのである。当然、宿泊地は本郷の旅館街で、近所に住んでいたわたしは彼に呼び出されては、生意気にも赤提灯で西郷や西南戦争、戦死した熊本共同隊の宮崎八郎、さらには吉田松陰の友人で、池田屋で新選組に殺された肥後の宮部鼎蔵を論じて、飽きることがなかったのである。
花立さんは宮辺に話が及ぶと、新撰組を激しく罵倒し、「官賊」と叫ぶのが常だった。後年、会津の「白虎隊記念館」を訪れたわたしは、「官賊」近藤勇や土方歳三が「真の武士」「義士」と解説されているのを見て、歴史認識を共有することの困難さを実感したのである。日本国内で、新撰組ひとつとってみてもこれほど評価は分かれる。いわんや中国韓国と一致するわけがないと得心したのである。
話が脱線したが、学生のわたしは結局それ以後、西郷と宮崎トウ天に惚れ込んでしまい、採算がとれないため、日本では発売されない辛亥革命前後の中国側の資料を読みたくて、中国語の学習を始めてしまったというわけなのである。そうした青春のなれの果てがこの有様である。
「逆説としての明治十年戦争」は不平士族のシンボルであり、反動としか見られていなかった西郷と西南戦争を「革命家西郷による第二維新革命」と位置づけて、反動化したのは実は大久保利通ら東京政府の側であって、西郷こそ、維新の夜明けを目にすることなく、倒れた同志たちの理想に殉じた人物なのだと言い切る。すなわち西南戦争とは西郷が「死者」たちと共闘した戦いだったのだという視点から書かれた。後になれば、それは決して珍しい歴史観ではなかったのだが、当時のわたしには充分に知的刺激に満ちた論文だった。以後、わたしの西郷狂いが本格化するのである。
【推薦文献】
「西南役伝説」(石牟礼道子・朝日新聞社)
「(朝敵とされた)西郷さんは天皇陛下よりも頭がよかったから必ず生きていなさる」と語る天草の老女の言葉は胸を打つ。「西郷には思想がない」と話す専門家がいる。愚劣な話である。「西郷隆盛」という思想が彼らには見えないのだ。当時もいまも人々は西郷という名前(記号)に対してあるイメージを重ね合わせる。それは高潔な人格であり、自己犠牲精神であり、大衆性であり、勇敢さという東洋的リーダーの姿なのである。西郷生存説ばかりか、「西郷星」伝説までが誕生した。明治政府に逆らった「薩族の首魁」だった人物に対して、である。このことがどれほど「革命的」なことなのか、はたして福田総理が「星」になれるかどうかを自問自答しただけで明らかだろう。ちなみにわたしの妻は鹿児島の出身だが、90過ぎまで長生きをした祖母は全身「薩摩おごじょ」という印象の人で、明治十年戦争をただの一度も西南戦争と呼んだことはない。「西郷ドンのいっさ」(せごどんのいっさ・西郷さんの戦争)とだけ彼女は語り続けた。「わたしたちは西郷ドンを擁して戦った。なにひとつ恥ずることはない」と。わたしはその言葉に激しく全身を震わせながら、ナロードの姿を、民草の姿を彼女のなかに見たのであった。
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