「侵略」か「連帯」か
「北朝鮮処分」(祥伝社)を上梓した直後だから、かれこれ4年以上も前のことになる。北朝鮮の人権問題に熱心に取り組んでいる畏友・三浦小太郎氏(「北朝鮮帰国者の命と人権を守る会」代表)と小池和彦氏(「朝鮮民主主義研究センター」運営)ら「RENK」のメンバーからの依頼で、朝鮮半島情勢について講演した際のエピソードである。(三浦さんがまとめてくれた講演内容のエッセンスは、RENKのホームページで見ることができます)。講演の後、質疑応答の際、ある青年がこのような発言をしたのである。
「私は米国が北朝鮮を空爆してでもあの体制を倒してほしい。あれほど酷い人権弾圧国はどんな手段を通じてでも打倒して、国民を解放すべきだ」と。会場からはこれに同調する意見も出たが、同時に「そこまでは」という懐疑的な声もなくはなかった。
ちょうどブッシュ政権の中枢にネオコン勢力が健在だったころの話である。『命からがら豆満江を超えて中国に逃げ出している朝鮮女性』の存在に涙し、金政権の非人間性に強い怒りをもつナイーブで、人間的な好青年は断固として、米軍空爆を支持すると語った。私はいまでもこの日の出来事をよく思い出すことがある。
米軍による北朝鮮攻撃。これははたして圧政に苦しむ北国民への「連帯」なのか、それともアメリカ帝国主義の野蛮な「侵略」なのか。これこそアポリア(難題)であって、その回答は簡単ではない。理由は「そもそも『侵略』と『連帯』を具体的な状況において区別することが出来るのかどうかが大問題」(竹内好・アジア主義の展望・現代日本思想体系『アジア主義』収録・筑摩書房)だからである。
だがこの問題はそう遠くない将来、現実的なテーマになりえるだろう。
なぜか。ブッシュの北朝鮮軍事攻撃はなくなったが、金正日体制がどんな形であれ、崩壊したさい、今後は中国軍が『朝鮮労働党の要請に応えて』北朝鮮国内に進軍する可能性が存在するからだ。中国政府は過去、国連から侵略者と断定された事実を忘れていない。彼らは来るべき隣国の有事の際には、今度は国際社会と米国との協調を背景に、「地域の安定と混乱の回避のため』、鴨緑江を越えて、北朝鮮国内に進軍するだろう。そのとき、周辺関係国がなんやかやいいながらも中国軍の『侵略』を黙認することは間違いない。北の権力の空白を埋めるパワーは中国しかないし、同時にその結果、金体制よりも相対的に自由で開放的な体制が中国の影響下に誕生する可能性があるからだ。つまり関係国は北の民主化ではなく、相対的な『開放』システムをもつ労働党政権が生まれれば、今よりもマシであるとして、内心では歓迎するだけの政治的環境が存在しているのである。だがそれは政治の問題ではあっても、思想の問題ではない。
中国軍の北朝鮮出兵は北朝鮮国民への「連帯」なのか、それとも隣国への『侵略』なのか。米軍空爆を支持した冒頭の青年はこれになんと答えるのだろうか。
繰り返す、市民革命の可能性の小さい北朝鮮では中国版労働党政権による救国政策こそが現実的であるという周辺国のコンセンサスが形成されつつある。それが政治のリアリズムなのだ。だが、中国人民解放軍の隣国への侵攻の意味を思想のレベルで総括しなければ、中国の呼号して止まない「東アジア共同体構想」に対して有効な反撃はできないだろう。
いまや東アジア、なかでも朝鮮半島と台湾海峡では、日米安保ではなく、米中「安保」が機能しつつある。
いやそうではないと思われる方は、中国の北朝鮮介入に対して日米安保が発動するのかどうかをお聞きしたい。そうした可能性は99%ない。もはや日米両国は朝鮮における中国の地域覇権を認めたうえで共存する以外の選択肢をもっていない。北朝鮮は中国の経済的属国に変貌しつつある。金総書記の不在は政治的属国化を加速させる。
6者協議体制は暗黙裡にそうした中国の野心にお墨付きを与えようとしている。その一方で、戦後体制に眠り続ける日本はあまりに非力である。ブッシュの黒船が東京湾にその姿を現しつつある。
祥伝社 (2003/11)
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