中国観察の作法
1年に1回開催される全人代が始まった。チャイナウオッチャーにとっては情報のかき入れ時である。私も毎日毎晩CCTV(中国中央電視台)はつけっぱなしで、必要な報道は録画して再視聴している。いい時代になった。以前は大会のライブ情報は短波ラジオでしか収集できなかったからだ。だが短波は辛い。夜中と早朝以外はまともに聞こえない。
自宅の仕事部屋の外に長いアンテナ(7メートル)をつけ、窓際に短波ラジオ(ナショナル製で、20年前で10万円はした)をおいて、静かに周波数を合わせ、カセットレコーダーに録音するのだが、アンテナ線を室内に引きこんでいるので、冬は寒風が、夏は暑さがもろに部屋のなかに侵入してくる。その後、録音したテープを聴き、数日後に中国から送られてくる人民日報や解放軍報の記事と参照するのである。これが当時普通のチャイナウオッチングのスタイルだった。
だから初めて中国を訪問してホテルのテレビ番組を見たときはオーバーではなく、大感動であった。雑音もウエーブも全くなかったからだ。
涙が出そうだった。それが嬉しくて、嬉しくて私は毎日毎晩ホテルのテレビばかりを見ていた。
先日ある中国人と会食した際、『記録新聞』の話題で大いに盛り上がった。「記録新聞」とは直訳すると『記録するニュース』。日本ではまずお目にかかれない報道の仕方で、ラジオでニュースを流す際に、人名や地名をいちいち丁重に漢字で説明するのである。たとえば『周錦』という地名があるとすると、「周」は周恩来の「周」、錦は「錦江」の錦という説明がそのつど繰り返されるのである。理由は国土が広く、漢民族を除けば、少数民族は55と多様で、文盲も少なくないため、正確にニュースを伝えるには極め細かい説明が不可欠とされたからだ。
先の中国人は紅衛兵世代で、彼もまた当時毎晩「記録新聞」をよく聴いていたという。「青木さん、もう中国人でもそんな番組があったことは知らないですよ」。そうだろうな。
政治的に加工された公式情報を読んでも本当のことはわからないという声もある。一概には否定しないが、『開放』中国はまだまだ報道までが開放されているわけではないし、なによりも共産党最高指導部内の政策決定過程はオープンにされていない。これは今も最高機密である。
だから公式報道を『読む』ことが必要になる。なにが書かれていて、なにが書かれていないのか、ここが最大のポイントになる。
20年前、中ソ和解が噂され始めていたころ、ある総合雑誌に次のような記事を書いた。「わたしたちは早ければ来年前半(89年)中ソ首脳の30年ぶりのにこやかな会見の光景を目撃することになるだろう」と。
おそらく私のこの予想が世界でも最も早かったはずで、米国大使館がこのレポートに注目していたと、後で第三者から聞かされた。
だがそれは例外で、記事は酷評された。「まだまだ対立はすさまじい。そんなに短期間に正常化が実現するはずがない。ありえない」。だが翌年5月ゴルバチョフソ連書記長は中国を訪問、鄧小平や趙紫陽総書記と会見し、中ソは和解した。
以前経済産業省の高官相手に中国東アジア情勢を解説したレポートを書いていたことがある。ここでも、中国の草の根の反日モードの拡大、上海で森ビルが建設計画中の世界金融センタービル建設の直面している政治問題、それに米国企業と中国共産党幹部の子弟との密接なつながりなどのインサイド情報をあきらかにしたが、そうしたスクープも中国の公式報道の丹念な積み重ねなしには不可能だった。ここが分析のバックボーンになる。
これから中国市場経済の胸突き八丁が始まる。共産党の政治的手腕が問われるだろう。だが想像以上に共産党の信認の危機は深まりつつある。米国は中国の「危機」を座視しないだろう。
公式報道からはそんな予想が見えてくる。
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