大遠征から10年

| | trackback(0)

国務省やホワイトハウスのHPを閲覧した後、今度は中国政府の各行政機関のHPへと
連日アクセスしています。新聞の引用だけでは当事者のニュアンスが伝わらないからです。
語学に問題がないのなら、第一次情報にアクセスすることをお勧めします。

それにしてもヒラリークリントン国務長官といい、オバマ大統領といい、中国向けラブコールが露骨です。「米中関係は世界で最も重大な二カ国関係」だそうで、外交上のリップサービスを割り引いても、日米安保はどこに行ったのでしょうか。

98年6月。天安門事件で対立した米国と中国が行った和解の旅。それがクリントン元大統領の中国訪問だった。
大統領一向は総数1200人。史上最大の規模であり、世界的なビッグビジネスのトップは全て顔をそろえていた。歴代の大統領が外国に滞在した日数としても最長の9日間。

異様な旅だった。
クリントンたちは同盟国日本上空を避け、アラスカからいきなり大陸に足を踏み入れる。最初の訪問地は西安事件のあった古都・西安。ここが日本と対決するため、国民党と共産党が手を結んだ第二次国共合作の舞台であった事実は中国人なら中学生でも知っている。
さらに北京へ。
クリントンは9年前血で染まったあの天安門広場で儀衛兵たちの閲兵をうけた。
相手はほかならぬ弾圧の当事者人民解放軍。そのとき、クリントンの側にいたのは断固たる鎮圧を指示したことで党の最高指導者に選ばれた江沢民という男だった。

両国を分かってきた天安門事件の後遺症は払拭され、翌日にはビッグビジネスたちを相手に大々的な商談が開始する。この日、ボーイングは中国政府の自社航空機の大量購入調印に歓喜した。こうして以後、米中蜜月が本格的にスタートするのである。

7月1日、クリントンは上海で、青年実業家たちとランチをとった。いずれも民間に「下海」した元政府官僚たち起業家である。この日が中国共産党の設立記念日であることに注意してほしい。しかも党の発祥地はこの上海だったのである。もはや共産党は敵ではない。
露骨な印象操作だった。
この上海でクリントンは言明した「台湾独立には賛成しない」と。李登輝総統のもとで
独立志向を強めていた台湾は切り捨てられた。
上海から桂林へ。翌日英国から返還されて1年目の香港で大統領は宣言した。
「安定し、繁栄する中国は米国の戦略的パートナーである」と。
香港を後にしたクリントン一行は祖国に帰った。最初にまずハワイに立ち寄りながら。
この日は7月4日、222年目の独立記念日だったのだ。
冷戦に勝利した超大国の最高首脳クリントン。訪問はまさに歴史的大遠征だった。
そして人権から歴史認識へと米中は同志に替わっていく。

微笑む大統領の側にいつもいたのが合衆国国務長官に就任したばかりのヒラリークリントンなのである。




青木直人へのメールはこちら
ニューズレターの事前申し込みはこちら





「暴落する米国!蠢動する中国北朝鮮!
  新帝国主義時代の活路は新征韓論か?」

形式:トークライブ
日程:2009年02月08日(日)
場所:東京・新宿ロフトプラスワン http://www.loft-prj.co.jp/
時間:Open13:00 / Start13:30-end16:30
料金:¥1500(飲食代別)※当日券のみ(予約不可)
主催:佐藤悟志/bluewolves.office@gmail.com

【出演】 青木直人(ジャーナリスト)
     佐藤悟志(司会)




« 業界の景気は悪い | HOME | 奇兵隊»

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 大遠征から10年

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://aoki.trycomp.com/mt/mt-tb-aoki.cgi/255

アーカイブ

BOOK

敵国になり得る国・米国

中国の黒いワナ (別冊宝島Real 73)


Atom

はてなRSSへ追加

My Yahooへ追加

Livedoorへ追加

gooへ追加

Google Readerへ追加