1月は終わらない

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1月は「行く」
2月は「逃げる」
3月は「去る」
いずれも正月を過ぎると、あっという間に時間が経過することのたとえですが、今年の私に関してはこれは当てはまりません。
大晦日からほぼ休みなく毎日仕事をしています(笑)。1月はそうそう簡単に「行」って、はくれませんでした。

春までに単行本を出す予定です。いずれ詳細はブログでお知らせします。

現在発売中の「VOICE」と「月刊宝島」に小沢一郎の中国・北朝鮮利権について書きました。マスコミにはひとつの切り口だけのワンパターンな報道が一斉に流れています。これでは垂れ流しと酷評されてもしょうがない。読者に読み捨てられてしまって終わりです。
東アジアの情勢という横軸と小沢個人の中国北朝鮮人脈という縦軸をクロスさせて見れば、彼がこれからなにを、どうやろうとしているのかが、ほぼ見えてくる。語るべきはそうした小沢外交の危険性なのですが、残念なことに、そうした記事は皆無に近い。
情勢は流動化し、小沢と検察のパワーゲームが日々勢いを増していますが、こういうときは安易にどちらかの旗を振るのではなく、このゲームが日本をどこに向かわせるのかを真剣に考えた方がいい。
間違いなくこれから日本の長い混迷が始まるだろう。少なくても私は混迷の先にある光明を目指して思想的な準備を始めたいと考えています。

小沢を擁護する人も、検察万歳を唱える方もいずれもなにか錯覚しているのではないのか。小沢も検察も、ともに未来の変革主体ではありません。既成の権力に過剰な期待を持つことは厳に慎むべきであります。
幕末にたとえれば、寺田屋事件、生野の反乱、蛤御門の変、水戸天狗党、彰義隊、白虎隊、そして赤報隊、奇兵隊の粛清と、既成の権力に対して過剰なまでの思い入れをした結果、最後には政治の論理の前に壊滅させられた人々の存在が浮かんできます。

私たちが学ぶべきは歴史の教訓なのです。小沢と検察の「紅白歌合戦」が終了した後に迎える新年がはたしてどんな年になるのかを冷静に、慎重に熟考しておくべきではないのでしょうか。




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